先代中村雀右衛門の芸談・自叙伝
『私事(わたくしごと)―死んだつもりで生きている』を読み直したのだが、あいかわらず実に面白かった。特に戦争体験を語る部分は圧巻だ。
歌舞伎などは、平時の楽しみであって、戦時下に於いては、まったく省みられないという現実をまざまざと教えられる。
「文弱の徒」という莫れ。所詮「文化」とは平時の営みである。ならば、あえて「文弱の徒」に居座ろうではないか。雀右衛門の柔らかな語り口の中に、そういった気概を感じた。
また、大谷友右衛門、中村芝雀への苦言も天晴れだ。偉大な父からすれば、二人の芸への取り組みが、まだまだ甘く感じられるのだろう。ここにも雀右衛門の気概が感じられる。
ところで雀右衛門は、「色事は芸の肥し」という俗説に真っ向から反対している。曰く、「色気は技術」だそうである。まったく天晴れな気概だと思う。これなどは、えてして乱脈になりがちな梨園の風習に対する一喝だ。若い人たちは、心に留めるべきだと思う。