2015年9月6日

劇場間抗争の面白さ-『明治座物語』

木村錦花といえば、劇作家にして歌舞伎研究家であり、野田版が注目された「研辰の討たれ」の原作者でもあります。その木村錦花による劇界内幕史が、この『明治座物語』(歌舞伎出版部、昭和3年3月)です。現在のように歌舞伎興行が松竹による1社体制となっていると分からないのですが、かつては多くの興行主と役者が組んで、まさに劇場間で抗争を繰り広げていました。そんなある意味で古き良き時代の歌舞伎界の内幕を淡々と記述した本書は、読んでいて新鮮な驚きがあり、じつに楽しい本になっています。

(写真は家蔵本の函と本体)

周知のように、明治座は初代左團次、二代目左團次の根拠地として、革新的な劇場運営を展開したところとして知られています。本書でも木村が特筆するように、電燈照明の使用、切符制度、その他、茶屋制度の改革、劇場内での飲食禁止など、今日の劇場運営のスタンダードを築いたといいえるでしょう。こういった点の経緯を教えてくれるだけでも、文化史・演劇史上、価値のある文献です。

もっとも、そいうった研究上の価値に増して面白いのは、なんといっても木村の平明な文体で記される劇界の内幕であです。とくに劇場間の抗争の顛末が最高に面白い。なかでも明治座がまだ久松座、そして千歳座といっていた頃の、守田勘弥率いる新富座との抗争は本書前半の山場です。

例えば、久松座が大坂から中村翫雀(初代鴈治郎の父親)を連れて来れば、勘弥は借金をネタに因縁をつける。そこで翫雀陣営の代言人として登場するのが田村成義(後、歌舞伎座の経営にあたり、『続々歌舞伎年代記』の著者として有名)だったりします。

また、勘弥と五代目菊五郎がひょんなことから対立。すると菊五郎は千歳座に拠って、勘弥の新富座と激烈な抗争を繰り広げたりする。ところが、今度は勘弥は裏から手を回し、贔屓筋を動かして、なんと伊藤博文まで動員して菊五郎を篭絡したりするのだから、驚くばかりです。

他にも左團次と高麗蔵の対立(これは本人同士というよりも、マスコミが煽った対立)など、いわゆる内幕物につきものの抗争劇が面白い。

こういった劇場間の抗争は、歌舞伎興行が松竹による一極支配の下にある今日の歌舞伎界では信じられないことですが、よくよく考えれば、こういった競争、引き抜き、裏切りなどは、じつは劇界の日常茶飯事だったのです。そしてそれがある意味、劇界を活性化していたことも事実でしょう。

ことさら劇界の対立をのぞむ気はありませんが、今日の歌舞伎界も、もう少し競争があってもいいのでは。少なくとも健全な競争はあってしかるべきだし、少しばかりは場外戦も見たい(これは興行上、重要な要素である)。そんな不届きな気持ちさえ起こさせる本でした。
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