2015年6月10日

四代目鴈治郎襲名披露

大阪の歌舞伎好きにとって、鴈治郎という名跡は特別です。かつて岸本水府は初代鴈治郎を「頬かむりの中に日本一の顔」と詠み、正岡容は初代鴈治郎の死に際して、前年死去した初代桂春團治と室戸台風で倒壊した四天王寺の五重塔と合わせ「春團治と鴈治郞と天王寺の搭と。大阪の三大名物、こゝに氓びたと私はおもつた」と記したほどです。その鴈治郎の名跡が、久しぶりに復活しました。翫雀改め鴈治郎襲名の披露ですから、見に行かないわけにはいきません。


夜の部に行ったので、出し物は「将軍江戸を去る」「口上」「封印切」「棒しばり」です。まずは鴈治郎襲名狂言である「封印切」の印象を。型はもちろん鴈治郎型。ですから井筒屋の道具も上手屋台が完全な二階となる。クライマックスの封印切も金子の封が偶然に切れてしまう型になります。まず鴈治郎の忠兵衛は、すでに何度もこなしている役だけに手馴れています。二枚目だけれども、どこかバカっぽいのが当代鴈治郎の芸風でしょう。これが愛嬌となってくればしめたものです。「ちょっととやっととお粗末ながら、梶原源太はおれかしらんてなぁ」のくだりも可笑しみと自惚れがよく出ていました。大向こうから「ガンジロはん」の声がかかります。扇雀の梅川は忠兵衛とのジャラジャラしたやり取りのイキが合い、家族的な井筒屋内です。

八右衛門は仁左衛門。これが素晴らしい。忠兵衛への悪口三昧も決して下卑すぎず、大店の御曹司の雰囲気を残しています。250両が入った革財布を放り出し、紐で手繰り寄せるときにだんじり囃子を口ずさむのは、大阪の人なら思わず笑ってしまうところ。おえんは秀太郎。最近のこの人の芸風は名人の域です。何を言っているのかよくわからない口跡ですが、なぜか言いたいことはよくわかる。治右衛門は我當がやる予定でしたが、体調不良による休演で代役は橋之助。やや大きさは足りませんが、侠気がよく出ています。意外と今後の彼のレパートリーに入ってくるのかもしれません。幕切れは梅川が先に出ていって、後から忠兵衛が追いかける鴈治郎型なので長いです。下手な芝居だとここがくどく、間延びしてしまうのですが、集中して見てしまいました。

封印切の前に行われた口上の司会進行は仁左衛門が勤めました。さわやかな口跡です。以下、橋之助、愛之助、竹三郎、弥十郎と続き、上手の留めが梅玉。弥十郎が落とした口上で観客を沸かせましたが、すぐに梅玉が同じネタを被せて美味しいところを持っていってしまったのが面白い。やっぱり梅玉はスターです。下手は留めが秀太郎で、亀鶴、虎之介、壱太郎、扇雀、藤十郎と続き、鴈治郎が最後に挨拶しました。こちらは親族一門ですから、控えめながら親身な中身に好感を持ちます。個人的には亀鶴が親族として口上に参加しているのがうれしい。この人も初代鴈治郎の遺伝子を受け継ぐ人ですから、ぜし新しい成駒家体制で良い役がつけばと願わずにはいられません。

「将軍江戸を去る」は個人的に大好きな演目です。梅玉の徳川慶喜は当代の当たり役だと勝手に思っていますが、今回も素晴らしかった。登場時の深沈した感情、「将軍にも裸になりたい時がある」と鬱屈を爆発させる段、弥十郎の高橋伊勢守、橋之助の山岡鉄太郎とのやり取り、隙がありません。最後、千住大橋の場で「江戸の地よ、江戸の人よ、さらば」の名調子は、いつもぐっときます。そして、やはり真山青果の脚本が素晴らしい。有名な尊皇・勤皇論争も所詮屁理屈です。慶喜も鉄太郎も屁理屈を屁理屈として論争しています。なぜなら二人とも戦争回避という命題に向けて、その大義名分を探しているに過ぎないから。そういう“知恵ある大人の熱血”を昭和9年という段階で描いたところに真山劇の真骨頂があります。

大切は棒しばり。愛之助の次郎冠者、壱太郎の太郎冠者、亀鶴の曽根松兵衛。壱太郎が、なかなか上手い。愛之助はだんだんとオーラが出てきました。そして最後、亀鶴がちょっとおどけて二人の間に入っていく演出は非常に面白かった。この人は才能と愛嬌があります。これこそ初代鴈治郎の芸風です(松竹さん、もっと亀鶴を使ってください!)。

久しぶりの芝居見物でしたが、じつに楽しいひと時を過ごしました。

【大阪松竹座 2015年1月25日所見】

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