2015年6月19日

歌舞伎と「不安」‐青木繁『若き小団次』

四代目市川小団次といえば、歌舞伎史の中で特異な位置を占める名人です。歌舞伎界、とくに江戸においては、その門閥支配は強固で、門閥なくして座頭の地位を占めることは、どのような人気者であろうと基本的に不可能でした。そんななかで、ほとんど伝説的に語られるのは初代中村仲蔵と、この四代目市川小団次です。江戸歌舞伎史上、門閥なくして座頭の地位に上り詰めたのは、この二人だけ。その四代目小団次の若き日の修行時代を活写した評伝が青木繁氏の若き小団次―幕末を彩った名優の修業時代(第三書館、1980年6月)です。
(写真は家蔵本)

 
この本の面白さは、三つあります。まず一つは、これがじつにみごとなな一編のビルトゥングスロマンとなっていることです。劇場周辺にたむろする火縄売りの倅が這いつくばりながら、その才能と、如才なさと、大胆さをもって少しずつ劇界の階梯を攀じ登っていく姿が読む者の心を打ちます。

もう一つは、この書が小団次の修行を可能にした幕末期上方劇壇の実情をよく穿っている点。よく言われるように江戸の劇壇が門閥中心主義であるのに対し、上方のそれは実力主義でした。そして、江戸の劇界があくまで三座を中心とした大芝居中心であるのに対して、上方のそれは小芝居や中芝居と呼ばれる宮地芝居と大芝居のじつに柔軟な交流のもとに成立しています。それこそ門閥なき小団次が、子供芝居から小芝居、そして中芝居から大芝居へと劇界の階梯を攀じ登ることを可能にした上方歌舞伎の風土であり、この本はそれをよく活写しています。さらに言うなら、そのようにして成り上がってきた役者にとって、最も重視するのは何よりも観客からの受けであり、それを最大限追求するところに、上方役者の真骨頂があったということ。その元祖は三代目歌右衛門ですが、その意味でいえば著者の
(小団次は)精神的には大坂の三世歌右衛門(梅玉)の弟子だった。
という指摘は正しい(ちなみに私は、この精神史の系譜を継ぐのが中村宗十郎であり、初代鴈治郎だったのだと考えています)。

そして、この本を読んでもっとも考えさせられたのは、当時の庶民が直面していた生活上の「不安」でした。度重なる米価高騰や大塩の乱に代表される風雲、天保の改革による不景気と経済的困窮。こういった社会不安を背景にしてこそ、小団次の芸が人気を博した。大坂時代の小団次は、この社会不安を自らもタップリと経験していました。それこそが後年、小団次が江戸に下ってから、黙阿弥と組んで作り出した世界に独特のリアリティを形成したということです。つまり、あの黙阿弥と小団次が作り出した皮肉な世界こそ、その日暮らしで明日をも知れぬ庶民の、一寸先は闇という「不安」を基盤にした世界でした。そのような世界を演じることができるのは、自身もまたそのような世界に沈潜した経験を持つ小団次以外には存在しなかったのです。そのことが、この本を読んで非常によくわかりました。

ところで、そういった「不安」に駆られる庶民が、なぜにその「不安」を再現する小団次の芝居に熱狂したのでしょうか。この歌舞伎と「不安」の関係こそ、歌舞伎という文化の正体を解く秘密の鍵鍵があるような気がします。

なお、四代目市川小団次の評伝としては永井啓夫氏の四代市川小団次も基本文献です。こちらも併せて読むと、四代目市川小団次という役者のユニークさがよくわかるでしょう。
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