2015年6月13日

江戸の型、上方の型‐渡辺保『歌舞伎 型の魅力』『歌舞伎 型の神髄』



歌舞伎鑑賞もある程度レベルが上がってくると“型”に関する理解が欠かせなくなってきます。型は役者による作品解釈の表現ですから、長い歴史のなかで踏襲されてきました。役者は型通りに演じることからスタートしますが、やがて“型破り”に挑戦する。そこには作品への新解釈が表現されているわけです。ですから型を理解していないと、歌舞伎の理解が十分にできません。そのため型を記録した本というのは鑑賞の手引きとして欠かせないのです。歌舞伎の型を記録した本は昔からいろいろありますが、いちばん新しいのが渡辺保氏の歌舞伎 型の魅力 (角川ソフィア文庫)でしょう。この本のいちばん良いところは、「上方の型」というものがあるとはっきり断言しているところです。

普通、上方には決まった型は無いと言われる。しかし著者は、そうではないといいます。上方では、ひとつの型の上に、役者たちが次々と新工夫を入れていくので、結果として型がないように見えるだけ。これには全く同感です。そして、上方の型を知ることは、東京の型を知ること以上に重要だと思う。なぜなら、東京の型は、今でも多くの役者が継承していて、いわばスタンダードとして現在でもまま見ることができるけれど、上方の型は役者の新工夫で、どんどん変化していくからです。しかも役者の新工夫といったところで、元の型を知らなければ、それが新工夫だとわからないし、その演出上の意味も、軽薄な印象批評の域でしか論じることができません。

例えば、以前に藤十郎の「先代萩」を大阪で見たことがあるのですが、東京の型しか知らない人からすれば舞台装置も含めてなかなか珍しい演出でした。でも、あの演出の基本が上方の雀右衛門型で、その上に藤十郎の新工夫があるということを知ると舞台を見る楽しさは倍増するわけです。

この本は、そういった一般にはあまり知られていない上方の型も上手くまとめてくれているところがうれしい。もちろん、江戸の型もしっかり記録していて、その上で江戸と上方の脚本解釈の違い、もっといえば舞台の主題自体ががらりと変わることまで分析していてくれる(例えば仮名手本忠臣蔵の四段目、五段目など)。私にとっても、非常に役に立つ本です。

現在は文庫という簡便な形で読むことができるのもうれしいことです。また、続編として歌舞伎 型の真髄も出ています。最近では歌舞伎の型について本格的に論じた本は少なくなりましたから、こういった著者の仕事は、非常に意味のあることだといえます。

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