いまさら紹介するのも恥ずかしいようなものですが、やはり郡司正勝氏のかぶき 様式と伝承 (ちくま学芸文庫)は、読めば読むほど名著だと思う。初版が昭和29年に僅か500部だけ出版され、それでも永らく歌舞伎研究の基本図書とされてきた本書ですが、現在は文庫という簡便な形で誰でも読めるようになっているのは幸せなことです。
本書の最大の特色は、つまらない芸術理論や演劇理論にまったく拘泥していない点。それでいて収録されている諸論文すべてに、きちんとした理論が内在している。ただ、著者はそれをひけらかさないし、依存もしていない。それが、この本の極めて地味な実証的・考証的諸論文に、一種異様な迫力をもたらしているといえるでしょう。
もう一つの特色は、どの論文も「社会史」「風俗史」からのアプローチがなされていることです。これは大事なことだと思う。「歌舞伎」を研究するということは結局、このような文化を生み出した社会史的条件・風俗史的条件を明らかにすることに尽きるのではないでしょうか。少なくとも学問あるいは研究という姿勢においては、この方法しかないと思う。その点で、本書第一編「かぶきの様式」は、「荒事」や「六法」といった様式がもつ社会史・風俗史的意味を読み解いていて圧巻。
そして最後に、これは極めて重要なことなのですが、歌舞伎あるいは芸能と「差別」の問題を極めて冷静に直視していること。いわゆる「特殊部落民と芸能」という問題は、歌舞伎に限らず、日本の伝統芸能を考えるうえで、決して避けることのできない最重要問題です。そういう意味で、本書第二編の「かぶきの成立」に収録された諸論文は、歌舞伎を研究するものは熟読玩味すべき基本文献だといえるでしょう。
以下に、目次を挙げてきます。
目次
第一遍 かぶきの様式
饗宴の芸術―かぶきの様式とその本質
荒事の成立
悪態の芸術
髪梳の系譜
「かるわざ」の系譜
たての源流
六法源流考
出端と引込みのノート
第二編 かぶきの成立
力者とその芸術
川原者と芸術
猿若の研究
道化の誕生
のろま管見
茶かぶき
三味線の登場
歌舞伎に心を寄せる人なら、目次を見ただけでクラクラするような内容です。