2015年6月25日

大阪的バカバカしさに耽溺する‐大阪松竹座六月花形歌舞伎

松竹座の六月花形歌舞伎を見てきました。愛之助による通し狂言「湧昇水鯉滝」、通称「鯉つかみ」です。鯉つかみといえば、初代市川右團次(斎入)が工夫した大阪らしい夏の狂言ですが、脚本を再検討して通し狂言として復活しました。愛之助による十二役早替わり、本水を使っての立ち回りとケレン味あふれる舞台でして、いかにも大阪的バカバカしさ満載でした。そんなバカバカしさを耽溺してしまいました。

 
序幕第一場「三上山百足退治の場」は荒事の趣向です。愛之助が大百足と俵藤太秀郷の二役。大百足は古怪な感じがよく出ていて、とくに庄屋娘小百合をいたぶるところがいい感じでした。市川猿琉らの百足の足も熱演。EXILE風の振り付けが笑えますが、あの程度の動きは歌舞伎役者や舞踊家なら朝飯前だということがよくわかる。萬太郎の雨宝童子も気品があり無難。第二場「琵琶湖中登竜の場」は、寿猿の鯉王が出てきて芝居が締まる。衣装や道具、仕掛けもスーパー歌舞伎風で面白かった。ここでも愛之助は鯉王皇子金鯉と鮒五郎の二役。

二幕目の幕開き前には市川蔦之助の口上があるのが楽しい。その二幕目第一場「琵琶湖湖水の場」は愛之助が釣家奥方漣と余呉左衛門、道具屋清兵衛の三役早替わりで事実上の独り舞台。色悪の余呉左衛門、片はずしの漣、善良な町人である道具屋清兵衛とまったく異なる役柄を演じる愛之助を楽しめます。第二場「清水寺花見の場」は、愛之助が関白中納言橘広継、奴瀬田平、信田清晴、滝窓志賀之助実は鯉の精、滝窓志賀之介と五役。とくに三枚目の信田清晴が面白い。愛之助自身が楽しんで演じているからでしょう。この丈の地は、案外このあたりにあると思います。尾上右近の釣家息女小桜姫は、やや人工的ながら可憐な感じが出ています。吉弥の篠村妻呉竹はさすがに手堅い。この人なしではもはや関西の歌舞伎は考えられなくなっています。関白家使者堅田刑部は橘三郎。いまや幹部俳優に昇進した大ベテラン。関西歌舞伎で脇役といえば、信田清晴家来横山軍内を演じる當十郎と合わせてお馴染みです。さすがに年功者だけあって若手ばかりの座組みで存在感があった。あと、釣家次席家老粟津郷左衛門をやっている片岡千次郎がなかなか上手い。ちょっと大仰な演技が赤面の役に合っている。第三場「真葛ヶ原の場」は、愛之助、吉弥、橘三郎、千次郎によるだんまりが中心。関西ではお馴染みの組み合わせで息が合っています。また、観客席を巻き込んだ演出や色悪の余呉左衛門が町人である道具屋清兵衛に短筒で撃たれるのだけれども、悪い武士が善良な町人に飛び道具(!)でやられるという設定がいかにも大阪らしくて痛快でした。

大詰第一場「釣家下館の場」は前半にいろいろと趣向が詰め込まれていています。漣による小桜姫への折檻は継母物、志賀之介実は鯉の精と小桜姫の濡れ場、家老篠村次郎と刑部、郷左衛門の対決などなど。あまり演出上の必然性もなく宙乗りで愛之助が登場したときには、とにかく何でも詰め込んでしまえという演出者のサービス精神がよくわかりました。こういうのはバカバカしいですが、楽しいバカバカしさです。とりあえず食べたいものは何でも一緒に食べてしまう大阪的感性でしょうか。芝居の方は男女蔵の篠村次郎が前に出てきます。熱心に演じていますが、捌き役としてはやや軽い。名家の家老職としては貫禄が足りません。一方、橘三郎は立派な敵役。

第二場「琵琶湖中鯉退治の場」は理屈無用の面白さ。稀音家新之助の熱のこもった三味線と芳村伊四之介の大薩摩から普通ではない空気になり、幕が開くと本水を張った舞台で愛之助と鯉の格闘です。とにかく客席に水をまき散らす。役者と同じ水を浴びることができて観客も大喜びです。最初から最後まで悪乗りしっぱなしですが、そのあたりは大阪の観客らしく全員が悪乗りに乗って楽しむ。鯉の中の人も上手い。これほど舞台と客席が一体となった芝居は久しぶり。だから最後の泳ぎ六法での引っ込みでは、観客も拍手ではなく手拍子ですよ!

とにかくケレン味あふれるバカバカしい芝居でした。バカバカしいけれども、耽溺してしまうバカバカしさです。こういう小芝居っぽい演目を素直に楽しむのが大阪の流儀です。とにかく面白い芝居ですから、夏芝居の定番としてこれからも上演してほしい演目です。
【大阪松竹座 2015年6月24日所見】

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